こんにちは。栗原貴子です。
「きものナビゲーター」として衿を正して、私がこれからやっていきたいことを書きますね。「え? 私に決意表明されても……」って感じだと思うのですが、お願い。読んでやってくださいませ。
①浴衣からはじめる着付けレッスン
②安心してきもの道を歩けるようになる! 道案内セミナー
③きものを着て日本を語る国際人を育む活動
④受け継いだきものの”活かし方”の個別コンサルティング
⑤きものデビューした方に安心してご愛顧いただけるネットショップづくり
「安心して」が二度も出てくるということは……。
きもの道ってそんなにデンジャラスなの?
って思った方もおられることでしょう。
はい。
道を間違えると
デンジャラスです。
初めての街では迷子になりやすいのと同じなんだけれども。
私は怖いもの知らずというか、世間知らずというか、どっかネジが緩んでいるので好奇心の赴くままに「うおー! 楽しい!」ってきもの道を邁進したのですね。なので。
おバカだったな~。
って体験も豊富なのです。
この「おバカな体験」、人によっては「呉服屋さんって怖いわよ」、「着付け教室って大変よ」という風に語られる部分でもあります(何が怖いのか、どう大変なのかはブログでいきなり世界発信するのは差し控えます。そのあたりはレッスンとかセミナーでお話しますね)。
もちろん、すべての呉服屋さんが怖いわけじゃないし、すべての着付け教室が大変なわけではありません。末永くお付き合いできるお店や着付け教室もたくさんあります。
とはいえ。
「では、どこに行けばよいのか?」ってことが、いまひとつ分かりにくいのも事実。
そうなると
「ま、いいか」ってなってしまうのが、人情ってモノですよね。
きもの着なくても生きていけるものね。
でも、「なんとなく気になる」って思いは落ち着いては浮上するを繰り返すもの。
おばあ様やお母さまから受け継いだ着物を宝の持ち腐れにしちゃってる場合、「おばあちゃんやお母さんの箪笥」を見てみぬふりしているのも、けっこう、心理的な負担になるようです。私がきものを着るとわかると「差し上げたい」というオファーが殺到。
でもね、ご自分で着たいって想いがうっすらとでもあるのなら。
私になんぞに譲ってくださるよりも、ご自分でお召しになって欲しいじゃない?
友人のフォトグラファー織田桂子氏がスマホ、ライティングなしで撮影してくれた写真館風の1枚。弘法筆を選ばず、ってことね!
この着物と帯は祖母の、帯揚げと帯締めは遠縁のおばさんからのいただきものです。
手首の辺りをご覧ください。袖丈が短いのがお分かりいただけるかと思います。
寸法としては微妙に着丈も短いのですが、着付けの工夫で着用しております。
祖母のモノ、母のモノを着るということって、それ自体が国際人として異国の地で「語れるエピソード」でもあるのですよ。
だから、そうした一枚をぜひ、異国の地で着てコミュニケーションに役立てられたらとっても素敵だと思います。
「あなたは、そういう微笑ましいご家庭なのでしょう?」
と思われるかも知れませんが、そうではありません。
特段、祖母と仲良しだったわけではありませんし、私の祖母はいわゆる「やさしいおばあちゃん」ではなかったんですね。
仲良し家族ではないし、私自身、母娘問題にも悩んだ時期があった。
母もまた祖母との折り合いがよくなかったから、母は祖母のきものを私が着るのをあまり喜んでないっぽい。
でもね。
こうやって祖母のきものを着るようになって思ったのが、母娘問題もね、ま、いいかって流せるようになるのですね。
「祖母や母のきものはあるけど、着ていないどころかほったらかしなんです」
という罪悪感を覚えるよりも、きもの着ちゃったほうが断然、楽ちんなんです。
話がそれてしまいましたが……。
きものって女性にとって、色々な思いが詰まっているモノ。
「着たいけど着ることができない」
という思いを抱き続けているのも、なんらかの「思い」が刺激されているからなのですね。
とにもかくにも。
きものを着られるようになると、世界が広がります。
未知の自分とも出会い、そこから新しい「何か」が広がります。
それは
自分自身の「何か」が変わるから。
この体験をぜひ、味わっていただきたいな、と思っています。
今日も読んでくださってありがとうございました。
みなさまの毎日にププッと笑顔が溢れますように♪
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